地球環境史学会 各賞選考委員会 委員長 阿部彩子


2016年度各賞に関して,授賞者と授賞理由を報告いたします.

地球環境史学会賞(1件)

五十嵐八枝子(北方圏古環境研究室)


対象研究テーマ:
海洋コアにおける陸上古植生の復元

五十嵐八枝子会員は,陸上掘削コアおよび海洋コア試料の花粉組成に基づき,主に北海道を中心とした地域の過去の陸上古植生を復元してきた.北海道中央部の剣淵盆地および富良野盆地において酸素同位体ステージ6以降の植生を復元し,現在はサハリン以北に分布するグイマツが最終氷期や完新世初頭には北海道にも分布していたことを明らかにした(五十嵐ほか,1993;Igarashi, 1996).また,約1.3万年前を中心にとくに強い寒冷期があったことを見い出し,剣淵寒冷期と命名した.この寒冷期はヤンガードリアス期よりも期間が長く,寒冷化の程度も強く,北海道および北西太平洋亜寒帯域に特徴的な現象である(Igarashi, 1996;Igarashi et al., 2011;Igarashi, 2016).2000年代以降は,海底コアに含まれる花粉から陸上古植生・古気候の復元を実施し,過去15万年間の関東地方の降水量変動が気温変動に対して数千年遅れていることを示した(Igarashi and Oba, 2006).サハリン,シベリア地域における五十嵐会員の研究(たとえば,Igarashi and Zharov, 2010)は,古環境研究の地理的フロンティアをユーラシア北方に拡大するのに大きく貢献した.
これらの古環境復元は,現在の花粉の分布(シベリアでは五十嵐ほか,2003;サハリンでは五十嵐ほか,2012),運搬過程に関する演習林等での独力による観測的研究(Igarashi,1987ほか)および海底への運搬と堆積(Igarashi et al., 2015)に基づいており,手法の開発から古気候の復元まで一貫して行われたところに特色がある.
これまでの研究成果は,137編の論文・報告書,14冊の著書として出版された.これらの論文のうち,筆頭著者論文の割合が6割と高く,さらに筆頭論文のうち北海道の研究に関わるものが8割を占める.五十嵐会員が研究フィールドとして北海道を中心とし,オリジナルなデータから北海道の過去の景観を明らかにしようとしてきたか,この数字が明確に示している.
また五十嵐会員は,これらの研究成果に基づき多くの啓蒙書,紹介文を執筆し,古環境研究の成果を社会に広くアピールした.特に小野有五・五十嵐八枝子著「北海道の自然史ー氷期の森林を旅する」は,美しい言葉で自然環境の変遷が語られており,名著として評価されている.これらの著書は日本の地球環境史学が社会から認知されるのに大きな貢献となった.以上の業績から,五十嵐八枝子会員に地球環境史学会賞を授与する.

代表的な論文

  • 1. Igarashi,Y., 1987. Pollen incidence and wind transport in Central Hokkaido II. Bulletins of the College Experiment Forests, Hokkaido University, 44, 477–506.
  • 2. 五十嵐八枝子・五十嵐恒夫・大丸裕武・山田 治・宮城豊彦・松下勝秀・平松和彦,1993.北海道の剣淵盆地と富良野盆地における32,000年間の植生変遷史.第四紀研究,32,89–105
  • 3. Igarashi, Y., 1996.A Late Glacial climatic reversion in Hokkaido, northeast Asia, inferred from the Larix pollen record, Quaternary Science Reviews, 15, 989–995.
  • 4. 五十嵐八枝子・岩花 剛・仙頭宣幸・露崎史朗・佐藤利幸,2003.ロシア北東域における異なる植生型から得られた表層花粉群ー古植生復元の基礎資料としてー.第四紀研究,42,413–425.
  • 5. Igarashi, Y. and Oba, T., 2006. Fluctuations in the East Asian monsoon over the last 144 ka in the northwest Pacific based on a high-resolution pollen analysis of IMAGES core MD01-2421. Quaternary Science Reviews, 25, 1447–1459.
  • 6. Igarashi,Y. and Zharov, A. E., 2010. Climate and vegetation change during the late Pleistocene and early Holocene in Sakhalin and Hokkaido, northeast Asia. Quaternary International 237,24-31.
  • 7. Igarashi, Y., Yamamoto, M. and Ikehara, K., 2011. Climate and vegetation in Hokkaido, northern Japan, since the LGM: Pollen records from core GH02-1030 off Tokachi in the northwestern Pacific. Journal of Asian Earth Sciences, 40,1102–1110.
  • 8. 五十嵐八枝子・成瀬敏郎・矢田貝真一・檀原 徹,2012.北部北海道の剣淵盆地におけるMIS7以降の植生と気候の変遷史―特にMIS6/5eとMIS2/1について.第四紀研究,51,175–191.(第四紀学会論文賞受賞)
  • 9. Igarashi, Y., Yamamoto, M., Noda, A., Ikehara, K. and Katayama, H., 2015. Deposition pattern and sources of palynomorphs on the continental margin off Hokkaido Island, Northwest Pacific. Marine Geology, 368, 58–65.
  • 10. Igarashi, Y., 2016. Vegetation and climate during the LGM and the last deglaciation of the Hokkaido and Sakhalin Islands in the northwest Pacific. Quaternary International, 425, 28–37.

地球環境史学会貢献賞(1件)

原田尚美(海洋研究開発機構 地球環境観測研究開発センター)


対象研究テーマ:
後期第四紀の北半球高緯度海域の環境変動に関する研究

高緯度海域の表層環境変動は,浮遊性有孔虫の貧産出により,定量的解析が遅れていた.だが,1980年後半に円石藻Emiliania huxleyiによって合成されたアルケノンが古水温計になることが分かり,同海域での研究は飛躍的に進むこととなる.このような趨勢においても研究事例の少なかった北太平洋,オホーツク海,ベーリング海の後期第四紀の環境変動を解明するため,原田尚美会員は同海域から採取した堆積物コア試料について,アルケノンを分析し,千年から数百年の時間分解能で表層水温変動を復元し,共同研究者が明らかにした海氷面積変動との比較研究を行った.その結果,カムチャッカ,ベーリング海の東西地域や北東太平洋では,完新世の表層水温変動は北緯50度の夏季日射量の変化に追随するが,北西太平洋の他地域,オホーツク海南部,東ベーリング海では追随しないことを明らかにした.また,海氷分布やアリューシャン低気圧の位置や活動も北太平洋高緯度海域の完新世気候変動のタイミングと規模に影響を与えた可能性を指摘した(Harada et al., 2014).さらに,原田会員はアルケノン水温から過去12万年間のオホーツク海南西の表層水温を復元し,その変化は基本的にはダンスガードオシュガーサイクル(D/Oサイクル)に連動するが,D/Oサイクル2,12,18は見出せないことを明らかにした.そして,オホーツク海南西部の表層水温は,北半球の大気-海洋循環機構の中で支配されて変動していると結論づけた(Harada et al., 2004).これらの知見は日本を含む東アジアの気候予測に必須の情報である.
古海洋変動復元に加えて,原田会員は高緯度海域の表層環境変動に伴う植物プランクトン生態系変化についても重要な業績を挙げている.その代表はベーリング海での研究である.同海域ではE. huxleyiの大規模ブルームが発生していることが知られていたが,原田会員は同海域の陸棚堆積物から過去70年分のアルケノン含有量を測定し,ブルームが1976〜1977年の北太平洋の気候レジームシフトに伴う温暖化と低塩分化によって促進されていたことを解明した(Harada et al., 2012).植物プランクトンは海洋の一次生産者であるから,この変化は亜北極海域の生態系変動の理解に重要である.以上のことから,原田会員に地球環境史学会貢献賞を授与する.

代表的な論文

  • 1. Harada, N., 2016. Review: Potential catastrophic reduction of sea-ice in the western Arctic Ocean –its impact on the biogeochemical cycles and marine ecosystems–. Global and Planetary Change, 136, 1–17.
  • 2. Harada, N., Katsuki, K., Nakagawa, M., Matsumoto, A., Seki, O., Addison, J. A., Finny, B. P. and Sato, M., 2014. Holocene sea surface temperature and sea ice extent in the Okhotsk and Bering Seas. Progress in Oceanography, 126, 242–253.
  • 3. Harada, N., Lange, C. B., Marchant, M. E., Sato, M., Ahagon, N., Pantoja, S. and Zinnemann, U., 2013. Deglacial–Holocene changes in sea surface temperature, water mass characteristics, and the nitrogen cycle in the Pacific entrance of Strait of Magellan. Paleogeograpy, Paleoclimatology, Paleoecology, 375, 125–135.
  • 4. Harada, N., Sato, M., Oguri, K., Hagino, K., Okazaki, Y., Katsuki, K., Tsui, Y., Shin, K.-H., Tadai, O., Saitoh, S., Narita, H., Konno, S., Jordan, R. W., Shiraiwa, Y. and Grebmeier, J., 2012. Enhancement of coccolithophorid blooms in the Bering Sea by recent environmental changes. Global Biogeochemical Cycles, 26, GB2036, doi:10.1029/2011GB004177.
  • 5. Harada, N., Sato, M., Seki, O., Timmermann, A., Moossen, H., Bendle, J., Nakamura, Y., Kimono, K., Okazaki, Y., Nagashima, K., Gorbarenko, S. A., Ijiri, A., Nakatsuka, T., Menviel, L., Chikamoto, M. O., Abe-Ouch, A. and Schouten, S., 2012. Sea surface and subsurface temperature changes in the Okhotsk Sea and adjacent North Pacific during the Last Glacial Maximum and deglaciation. Deep-Sea Res. II, 61–64, 93–105.
  • 6. Harada, N., Sato, M. and Sakamoto, T., 2008. Freshwater impacts recorded in tetraunsaturated alkenones and alkenone-SSTs from the Okhotsk Sea across millennial-scale cycles. Paleocenography, 23, PA3201, doi:10.1029/2006PA001410.
  • 7. Harada, N., Shiraishi, A., Sato, M. and Honda, M., 2006. Characteristics of alkenone particles in the northwestern North Pacific. Geochimica et Cosmochimica Acta, 70, 2045–2062.
  • 8. Harada, N., Ahagon, N., Nakamoto, T., Uchida, M., Ikehara, M. and Shibata, Y., 2006. Rapid fluctuation of alkenone temperature in the southwestern Okhotsk Sea during the past 120 kyr. Global and Planetary Change, 53, 29–46.
  • 9. Harada, N., Ahagon, N., Uchida, M. and Murayama, M., 2004. Northward and southward migrations of frontal zones during the past 40 kyr in the Kuroshio-Oyashio transition area. Geochemistry, Geophysics, Geosystems, 5, doi:10.1029/2004GC000740.
  • 10. Harada, N., Shin, K.-H., Murata, A., Uchida, M. and Nakatani, T., 2003. Characteristics of alkenone synthesized by a bloom of Emiliania huxleyi in the Bering Sea. Geochimica et Cosmochimica Acta, 67, 1507–1519.
  • 11. Harada, N., Kondo, T., Fukuma, K., Uchida, M., Nakamura, T., Iwai, M., Murayama, M., Sugawara, T. and Kusakabe, M., 2002. Is amino acid chronology available to estimate geological age of siliceous sediment? Earth and Planetary Science Letters, 198, 257–266.

地球環境史学会奨励賞(1件)

荒岡大輔(産業技術総合研究所 地圏資源環境研究部門 鉱物資源研究グループ)


対象研究テーマ:
過去の津波災害やリチウム鉱床成因への同位体比の応用に関する研究

荒岡大輔会員は,放射性炭素とウラン系列核種による2つの年代測定を過去の津波で打ち上げあられた化石サンゴ(津波石サンゴ)に適用することで,過去の津波災害の復元という応用分野の開拓を行った.従来,これらの年代測定法や化石サンゴは古環境学の分野で広く用いられてきたが,得られた年代測定結果を古文書記録などと対比させることで,津波石サンゴに新たな可能性を見いだした.その結果,石垣島にて1771年の明和津波で津波石が打ち上げられていたことや,1625年に起きた新たな古津波を発見した.また,南琉球列島において150年から400年の周期で巨大津波が発生していることも解明した.2011 年の東日本大震災以降,地質記録からの古津波情報の復元に社会的にも大きな期待が寄せられているが,琉球諸島では,2011年の津波に匹敵する規模の明和津波を経験しているものの,古文書記録や地質記録が少なく過去の津波情報がこれまでほとんどなかった.こういった点からも今回の研究は価値が高く,また他地域への適用という点でも発展が見込まれる.さらに,論文内容はプレスリリースを行い,新聞や科学雑誌でも研究内容が取り上げられるなど,研究成果の社会への還元にも貢献している.
また,リチウム同位体比という新しい手法を用いて,リチウムイオン電池の急速な需要増加によって近年注目されているリチウム鉱床の成因解明にも取り組んでいる.ネバダ州の蒸発岩試料をケーススタディとして,リチウム同位体比という新しい手法を用いて,リチウム鉱床のリチウムの起源を直接推定できることを見いだした.さらに,海底熱水系でのリチウムの挙動について,新たに島弧・背弧域の噴出熱水のリチウム同位体比を用いた体系的な研究を進めている.
これまでの研究課題や現在の業務において,AMS,MC-ICP-MS,SHRIMPなどの最新の大型分析機器に関する技量を培ってきた.現在のラボでは,SHRIMPによるジルコンのU-Pb年代測定手法の立ち上げや,MgやCaなどの新しい同位体分析手法の開発を通して,古気候・古環境学に関連した多数の共同研究を実施しており,将来の当分野の分析化学を牽引する研究者になることが期待される.
以上の優れた実績,またコミュニティのために将来活躍する研究者として期待されることから,荒岡会員に研究奨励賞を授与する.

代表的な論文

  • 1. Araoka, D., Nishio, Y., Gamo, T., Yamaoka, K. and Kawahata, H., 2016. Lithium isotopic systematics of submarine vent fluids from arc and back-arc hydrothermal systems in the western Pacific. Geochemistry Geophysics Geosystems, 17, 3835–3853. doi: 10.1002/2016GC006355.
  • 2. 荒岡 大輔・昆 慶明・江島 輝美, 2016.SHRIMPによるジルコンU-Pb年代測定:試料調整法及び標準試料測定結果.地質調査研究報告,67,59–65.
  • 3. Kon, Y., Araoka D., Ejima, T., Hirata, T. and Takagi, T., 2015. Rapid and precise determination of major and trace elements in CCRMP and USGS geochemical reference samples using femtosecond laser ablation ICP-MS .In: Simandl, G.J. and Neetz, M., (Eds.), Symposium on Strategic and Critical Materials Proceedings, November 13-14, 2015, Victoria, British Columbia, British Columbia Ministry of Energy and Mines, British Columbia Geological Survey Paper 2015-3, pp. 245–250.
  • 4. 荒岡 大輔,2015.リチウム資源—各鉱床タイプの概要とリチウム同位体による成因論—.岩石鉱物科学,44,259–270.
  • 5. Manaka, T., Ushie, H., Araoka, D., Otani, S., Inamura, A., Suzuki, A., Hossain, H. M. Z. and Kawahata, H., 2015. Spatial and seasonal variation in surface water pCO2 in the Ganges, Brahmaputra, and Meghna Rivers on the Indian subcontinent. Aquatic Geochemistry, 21, 437–458. doi:10.1007/s10498-015-9262-2.
  • 6. Araoka, D., Kawahata, H., Takagi, T., Watanabe, Y., Nishimura, K. and Nishio, Y., 2014. Lithium and strontium isotopic systematics in playas in Nevada, USA: constraints on the origin of lithium. Mineralium Deposita, 49, 371–379. doi:10.1007/s00126-013-0495-y.
  • 7. Manaka, T., Ushie, H., Araoka, D., Inamura, A., Suzuki, A. and Kawahata, H., 2013. Rapid alkalization in Lake Inawashiro, Fukushima, Japan: implications for future changes in the carbonate system of terrestrial waters. Aquatic Geochemistry, 19, 281–302. doi:10.1007/s10498-013-9195-6.
  • 8. Araoka, D., Yokoyama, Y., Suzuki, A., Goto, K., Miyagi, K., Miyazawa, K., Matsuzaki, H. and Kawahata, H., 2013. Tsunami recurrence revealed by Porites coral boulders in the southern Ryukyu Island, Japan. Geology, 41, 919–922. doi:10.1130/G34415.1.
  • 9. Hayashi, E., Suzuki, A., Nakamura, T., Iwase, A., Ishimura, T., Iguchi, A., Sakai, K., Okai, T., Inoue, M., Araoka, D., Murayama, S. and Kawahata, H., 2013. Growth-rate influences on coral climate proxies tested by a multiple colony culture experiment. Earth and Planetary Science Letters, 362, 198–206. doi:10.1016/j.epsl.2012.11.046.
  • 10. Araoka, D., Inoue, M., Suzuki, A., Yokoyama, Y., Edwards, R. L., Cheng, H., Matsuzaki, H., Kan, H., Shikazono, N. and Kawahata, H., 2010. Historic 1771 Meiwa tsunami confirmed by high-resolution U/Th dating of massive Porites coral boulders at Ishigaki Island in the Ryukyus, Japan. Geochemistry Geophysics Geosystems, 11, doi:10.1029/2009GC002893.